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出会いと別れが、人生の記憶になるとき──最期に残るのは「誰と過ごしたか」ということ【言薬®】

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はじめに

3月に入ると、
訪問先でもふと、卒業の話題が聞こえてくるようになります。

「もうそんな季節なんだね」と言葉を交わしながら、
季節の移り変わりの早さを、しみじみと感じます。

写真に写る少し誇らしげな姿。
笑顔の中に混じる、ほんの少しの寂しさ。

卒業という節目は、
多くの人の心に残る出来事です。

でも、ふと考えることがあります。
なぜこの記憶は、
こんなにも強く残るのでしょうか。

人は「終わり方」で思い出をつくる

心理学では、
人は出来事のすべてを覚えているわけではなく、
印象的な瞬間と最後の印象によって、
その記憶が形づくられるとされています(※1)。

楽しかった日も、うまくいかなかった日もあったはずなのに、
卒業の日に笑い合ったり、涙を流したりすると、
その時間は「いい思い出だった」と
心の中でまとまっていく。

卒業というのは、
人生の一章をやさしく閉じる時間なのかもしれません。

複雑な気持ちほど、記憶に残る

卒業の日に感じる、あの不思議な感覚。

嬉しいような、寂しいような、
胸がいっぱいになるような気持ち。

心理学的にも、
複数の感情が同時に存在する状態は、
記憶に残りやすいと考えられています(※2)。

達成感、懐かしさ、寂しさ、これからへの期待。
いくつもの気持ちが重なったとき、
その瞬間はより深く心に刻まれていく。

だから卒業の日は、
言葉にしきれないほど印象的になるのでしょう。

人生を振り返るときに思い出す時

人は人生を振り返るとき、
10代から20代の出来事を特によく思い出す傾向があります。
これは「レミニセンス・バンプ」と呼ばれる現象です(※3)。

訪問看護の現場でも、
そのことを感じる場面があります。

人生の話をしてくださるとき、
多くの方が語るのは学生時代の思い出です。

友だちのこと。
部活動のこと。
帰り道のこと。

そのときは何気ない日常だったはずなのに、
あとから振り返ると、
人生の宝物のように語られる時間

出会いと別れが、人生の記憶になる

訪問看護の現場では、
もうひとつの「別れ」に立ち会うことがあります。

人生の旅立ちという、静かな節目です。

そのとき、人が振り返るのは
どこに行ったかではなく、
誰と過ごしてきたかということです。

何気ない日々の中で交わした言葉や、
一緒に過ごした時間のぬくもり。

それが、静かに、確かに、
その人の中に残っている。

出会うこと。
別れること。

その積み重ねが、
人生の記憶をつくっていくのかもしれません。

大坂先生の言葉に重ねて

在宅医療の現場で多くの看取りに関わってこられた
大坂巌 先生は、
著書『納得する生き方』の中で、こう語られています。

どんなに最先端の医療を受けられる場所であっても、
そこに信頼できる人がいなければ、
最期の時間はどこか不安で、満たされないものになる。

大切なのは、どこで過ごすかではなく、
人生の最期を「誰と一緒にいたいのかという問い。

とてもシンプルで、
けれど本質的な言葉だと感じます。

オハナな縁側から、ひとこと

それぞれの春、
それぞれの門出。

いま過ごしている時間が、
いつか人生を振り返ったとき、
やさしく輝く記憶になりますように。

そしてこの春の出会いも別れも、
誰かの人生の中で、
そっと灯り続ける記憶になりますように。

引用文献


※1 ダニエル・カーネマン(1999)ピーク・エンドの法則
※2 感情の多重性と記憶に関する心理学的知見
※3 レミニセンス・バンプ(自伝的記憶研究)

💬よかったらコメント欄で教えてくださいね

「本当はしんどかったけど、ふと楽になれた瞬間」って、最近ありましたか?
もしあれば、ぜひコメントやDMでシェアしてくださいね。

あなたの言葉が、誰かの心に風を届けてくれるかもしれません。

まとめ

バーチャルシェアハウス オハナなおうちは、みんなの居場所です。今日も楽しい時間をありがとうございました。会えてうれしかったです。いつでも寄ってくださいね。

リビングルームにはコメント欄がありますので、心がしんどい時に元気になれる好きな言葉を教えて下さいね。

お気をつけてお帰り下さいね。また、お待ちしてます。

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