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⭐︎今日のひとことケア【水無月】

Instagramオハナなおうちのコラボ名言をまとめました。
今月のひとことケア【水無月】をまとめました。
小さなひとことが、あなたの一日をやさしく包み、
ふっと息をつける時間となりますように。

あじさいブルー

北海道は梅雨知らず──
けれど最近は、温暖化の影響で「えぞ梅雨」と呼ばれるような、
しとしとと雨が続く日もありますね。
畑の植物たちは恵みの雨ですから、
そんな日も必要なのですよね。

空模様のように、心も少しだけ曇りがちな6月。
そんな時こそ、あじさいのように静かに彩る優しさが、大切なのかもしれません。

今月の「ひとことケア」は、
「寄り添う」「見守る」「待つ」をテーマに。
ふとした一言が、誰かの心をそっと軽くするような言葉を届けていきます。

心に降る雨の音が、
やさしい時間のリズムになりますように。

6月のテーマカラー「あじさいブルー」は、
静かに寄り添い、心にそっと染み入るケアの色
人の心をやわらかく包みこむようなやさしさが、
この季節にもそっと降り続きますように──。

気温差の波が大きい日もありますので、体調管理に気をつけていきましょう。ご自愛くださいね。

来てくれて安心したよ。

緊急訪問の依頼を受けて、ハンドルを握りながら
頭の中ではずっと、原因を探し続けていました。
「寒暖差?お薬の影響?食事?睡眠?」
ぐるぐると巡る思考のなかで、
ただ一つ、確かにあったのは――
“どうか、今夜を少しでも穏やかに過ごせますように”という願いでした。

玄関を開けてくださったときの表情。
少しこわばっていた顔が、
ケアを終えるころには、
すこしやわらいでいたように見えました。

そして、あのひとこと。
「来てくれて安心したよ」

その言葉が、
どれほど私の胸に沁みたか、うまく言葉にできません。

訪問したのは、私の方なのに。
救われたのは、私の方でした。

“安心”という感情は、
薬や処置だけでは届かない場所にあるもの。
だからこそ、誰かの存在がケアになることもあるのだと、
改めて教えてもらいました。

今日も、わたしにできることを。
誰かの“安心”に、そっと寄り添えますように。

見守るというケアもある。

すぐに何かを“してあげる”ことが
ケアだと思いがちだけれど、
時には、ただそばにいること。
“なにもしない”ように見える時間が
実は、もっとも深いケアになることもあるのです。

今日は、そんな一日でした。

呼吸のリズムにあわせて、静かに座り、
ときどき目を合わせ、ただ見守る。
痛みを問うても、返事はなく、
けれど、握り返してくる手のぬくもりが、
たしかに「伝わってるよ」と教えてくれます。

そっと寄り添いながら、
心の中で唱えます。

「しっかり見守っていますよ」
「大丈夫、ひとりじゃないですよ」

言葉に出さずとも、
握りしめた手に、
そのすべての思いを込めて。

ケアには、
動くケアと、
とどまるケアがあって。

「見守る」という行為には、
“信じる”という強さが宿っていると
私は思います。

今日も、ひとつの命と向き合う中で、
わたしの方が教えられました。
ケアとは、形ではなく、こころなのだと。

“そばにいる”という優しさを、今日も。

静かな時間が心を癒す。

今日の訪問は、ほとんど会話のない時間でした。
テレビの音も消され、窓の外から聞こえる風の音や、
時折鳴る時計の針の音だけが、静かに時を刻んでいました。

でも、不思議です。
「何も話さないこと」が、
こんなにも穏やかに感じるなんて。

沈黙の中には、
言葉では伝えきれない想いが宿ることがあります。

そばにいるという事実。
その場を共有しているという温もり。
そして、「あなたの存在を、ちゃんと感じていますよ」というまなざし。

話さない時間にも、
言葉以上の癒しが確かに生まれる。

そう思えるようになったのは、
この仕事を通して“沈黙”という非言語の大切さに気づかされたからかもしれません。

沈黙を恐れず、
無理に埋めようとせず、
ただ、共にいることに意味を見出せる――
そんな心の余裕を、これからも大切にしていきたいと思います。

ケアには、語ることも、黙ることも、
どちらも必要で。
そして、どちらも「寄り添い」のかたちなのです。

沈黙は、安心という名の対話になることがあります。

ありがとうは私の気持ち

今日、ケアの終わりに
ふとこぼれるように届けられた一言。

「ありがとう」

その声には、少しの照れくささと、
たくさんの温もりが込められていて、
一瞬で、心がふわっとほどけました。

ありがとう――。
たった五文字なのに、
そこには、安心も、信頼も、感謝も、
もしかしたら「また来てね」の願いも、全部込められている。

でも実は、それは、
わたしの方の気持ちでもあるのです。

ありがとう、今日も会えて。
ありがとう、大事な時間を一緒に過ごさせてくれて。
ありがとう、ケアを受け入れてくれて。

訪問のたびに感じるのは、
「してあげる」ではなく「させてもらっている」という実感。

ケアは、相手の人生のほんの一部に、
自分がそっと触れさせてもらう、かけがえのない時間。

だから、
「ありがとう」と言ってもらえることが、
わたしの気持ちそのものなんです。

その言葉に、どれだけ救われているか。
きっと、言葉にしきれないけれど――今日もありがとう。

また、お目にかかれてうれしいです。

私たちが日々向き合っているのは、
「今を生きている誰か」との、かけがえのない時間です。

一度きりの出会いもあれば、
何度も繰り返す関わりもあります。
それでも、今日またこうして会えたことは、
当たり前ではない、奇跡のようなこと。

だから、私はその瞬間、
心の底から思うのです。

「今日も無事に会えて、よかった」
「今日も、この方がここにいてくれて、よかった」

表情に少しの疲れがあっても、
手を握る力が弱まっていても、
それでも「また会えた」ことには、
言葉にしがたい深い意味があると思うのです。

再会は、続いてきた命の証。
そして、心と心がつながっている証でもあります。

「また来てね」と言ってくださるその言葉。
「ありがとうね」と微笑んでくれるそのまなざし。
すべてが、私たちケアする側にとっての
なによりの報酬であり、原動力です。

今日もまた、出会ってくださってありがとうございます。また、お目にかかれる日を楽しみにしています。
“今日も会えた”という奇跡に、心からありがとう。

すぐに実らなくてもちゃんと育っている。

見えないところで育っている、心のかたち。

6月の「今日のひとことケア」は、
どこか心が湿りがちなこの季節に寄り添うような、
そんな言葉をお届けしてきました。

あせりや不安、がんばりすぎ、
言葉にできない「なんとなくしんどい」が心に広がりやすい6月。

だからこそ、私たちはこんな言葉を届けたかったのです。

「すぐに実らなくても、ちゃんと育ってる。」
「ひとりで抱えなくてもいいよ。」
「休むのも、ひとつの大切な仕事。」
「心は、そっと咲く花のようなもの。」

ケアの現場でも、学生の実習でも、
そして日々の暮らしの中でも――
すぐに目に見える成果がなくても、
何かが確かに“育っている”ことがある。

それは、関係性だったり、信頼だったり、
あるいは、あなた自身の「がんばりを手放す力」かもしれません。

雨上がりの土の下で、
小さな芽がゆっくりと伸びていくように。

心もまた、見えない場所で
ちゃんと動いているのだと思います。

ひとりで抱えなくてもいいよ。

“わたしががんばらなきゃ”を、少しだけ手放してみる日。

「なんとかしなきゃ」
「これくらい、わたしががんばらないと」

そう思いながら、
いつのまにか肩にぎゅっと力が入ってしまっている――
そんな日って、ありませんか?

介護をしている方、
訪問を受ける方、
看護やケアの現場で働いている方。
そして、誰かのそばに“在る”ことを選んでいるすべての人にとって、
その気持ちは、とてもよくわかるものです。

でも、忘れないでくださいね。

ひとりで抱えなくても、いいんです。

話すだけで、少し心がゆるむことがある。
頼ってみることで、関係が深まることもある。
誰かに支えてもらうことは、
弱さではなくて「つながりのはじまり」です。

そんな“抱えすぎている誰か”に、
そっと差し出したい言葉を綴りました。

「ひとりで抱えなくてもいいよ」
「休んでもいいんだよ」
「誰かのやさしさに頼ってもいい」

ケアは“ひとりで背負うもの”ではなく、
本来“ささえあう”もの。

わたしたち自身も、ときに助けられながら、
また誰かの力になっていく。
そんな循環が、この世界を少しずつやさしくしているのだと思います。

休むのもひとつの大切な仕事

動き続けるあなたに届けたい、静けさの処方箋。

がんばる人ほど、
「まだやらなきゃ」
「こんなことで休んでいられない」――
そんなふうに、自分の休息をあとまわしにしてしまいがちです。

でも、心にも体にも、
ちゃんと「止まる時間」は必要です。

草花が雨に濡れて、
静かに光を待つように。
人のいのちもまた、
ときどき立ち止まり、
呼吸を深くする時間があってこそ、
またやさしく動き出せるのです。
そんな「やすむこと」「ゆるめること」を大切にする言葉たちを、
ひとつひとつ丁寧に綴ってきました。

「休んでもいいんだよ」
「今のままで、十分ですよ」
「無理にがんばらなくていい」

疲れていることに気づかないほど忙しい日々もあるけれど、
もし、あなたがいま少し立ち止まってくれたなら――
この言葉たちは、そっと背中をなでてくれるはずです。

休むことは、甘えじゃない。
投げ出すことでもない。

それは、『自分を保つための“しごと”』であり、
未来のやさしさを育てるための時間です。
動けない日も、前に進めていないように見える日も、
心の中では、ちゃんと何かが育っているのだと思います。

また次の言葉が、
あなたの「ひと呼吸」に寄り添えたらうれしいです🌿

心はそっと咲く花みたいなもの

咲かなくてもいい日を、信じて待てる強さ。

人の心って、ほんとうに花のようだなと思うことがあります。
あたたかい光に包まれて、
やさしく見守られて、
はじめてゆっくりと開いていくもの。

でも、それは無理やり開かせるものではありません。

だからこそ、
ケアをする私たちにできるのは、
咲く日をせかさず、見守ること。
安心できる空気をそっと届けること。
そんな「心のひらき方」に寄り添う言葉をお届けしました。

「心は、そっと咲く花みたいなもの。」
「あなたのタイミングで、大丈夫。」
「焦らなくていい。心にも季節があるから。」

言葉にならない沈黙にも、
閉じたままの表情の奥にも、
実は「ひらく準備をしている心」がある。

そのことを信じて待てるやさしさが、
きっとケアの力になるのだと思います。

そして、私たち自身の心もまた、
「咲く日」と「つぼみの日」があるもの。

うまくいかない日も、
前を向けない日も、
焦らずそっと育てていけば、
きっとその人らしい花が咲くときが来る。

花が咲くかどうかを気にするよりも、
「咲ける場所」を用意しておくことの方が、
ずっとたいせつかもしれませんね。

この場所もまた、
心がふっと開くためのやさしい光になれたら嬉しいです。

どんな日も私である勇気にそっとハグを

明日への生きる力に✨

6月30日。
いつもより少しだけ、カーテン越しの光がやわらかく感じた朝でした。

雨の日が多かった今月は、心の天気も、どこか曇りがちで。
なんとなく気分が沈んだり、
「これでいいのかな」と揺れる日も、
きっと、たくさんあったのではないでしょうか。

それでも、どんな日も
「私であること」をやめずに、ここまで来たあなた。

その静かな勇気に、どうか今日くらいは
そっと、やさしいハグを贈ってあげてください。

誰かの期待に応えた日も、
何もできなかったと感じた日も、
それでも「わたし」として立ち続けていたことに、
ちゃんと価値があるのです。

6月の「なんとなくしんどさ」は、
見えないところでじわじわと心を疲れさせます。

そんな中でも、自分を見失わずに過ごしたこと、
それだけで、あなたは十分にすごい。

無理やり元気にならなくてもいいし、
笑顔で終わらなくてもいい。
「わたしをわたしとして受け止めて、いたわる」
それが、心の奥にそっと効いてくるケアになります。

今月も、本当におつかれさまでした。
どうかこの夜は、少しだけ静かに、
あなた自身を抱きしめる時間を持てますように。

また7月に、お会いしましょう。

🕊管理人からのひとこと

今月も、お読みくださりありがとうございました。
6月を越えてこられたあなたは、
きっととても頑張られたことかと思います。

私たちのひとことケアは、
特別なことばではありません。

でも、ふとした瞬間に思い出してもらえたらいいなと願いながら、
日々の気づきや、利用者さんから教えていただいたことを、
ことばにして届けています。

7月もまた、新しい風が吹いてくるような、
そんなひとことケアをお届けできたらと思います。

どうぞまた、オハナなおうちに遊びにいらしてくださいね🌿

まとめ

バーチャルシェアハウス オハナなおうちは、みんなの居場所です。今日も楽しい時間をありがとうございました。会えてうれしかったです。いつでも寄ってくださいね。リビングルームにはコメント欄がありますので、何かリアクションしていただけたら励みになります。お気をつけてお帰り下さいね。また、お待ちしてます。

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