ホーム > 管理人室 > おうちナースな7DAYS【オハナな管理人日誌weekly】2025.1.15〜1.21

おうちナースな7DAYS【オハナな管理人日誌weekly】2025.1.15〜1.21

Instagramで投稿中のオハナなおうちの『オハナな管理日誌』のweeklyバージョンです。ダイジェストというより、リライトや加筆をしていることが多いかもです笑。管理人のバイアスが100%かかっておりますが、在宅看護の枝葉としての読みものとして楽しんで頂けたら幸いです。

看取り犬・文福物語

《オハナな管理人日誌 2025.1.15》

メディアでも取り上げられていたので、見取り犬『文福』のことをご存知の方もいらっしゃるのでは。ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で暮らす 看取みとり犬の「 文福ぶんぷく 」は、2012年のホームの開設と同時にやってきて、まだ人間の入居者は誰もおらず、文福が“入居者(犬)第1号”でした。それから12年、文福は入居者の逝去が近づくと、その方に寄り添って最期を“看取る”という行動を取るので、看取り犬と呼ばれるようになりました。“看取った”入居者は20人以上になります。人間に不要と捨てられ、保護犬として殺処分寸前で人間に救われ、そして施設の中で人間の最期を看取るようになった文福はどんな心持ちなのでしょうね。

文福も歳月が流れ老犬となり、看取りを感じる嗅覚も衰えてきました。それでも、できる限りの看取りをしているそうです。さくらの里はわんちゃんフロアとニャンちゃんフロアに分かれており、食事や夜間などはゲージに入るなどしっかりとした規律があります。よく在宅では食べ物を欲しがる姿に根負けしてオヤツを与えてしまう、そんな甘々な保護者も多いですよね。長寿で幸せに暮らして欲しいという願いから、犬猫の健康も守るスタンスなところも真の愛情を感じます。

わんちゃん・ニャンちゃんがいる特養は珍しいですし、ただでさえも人材不足が叫ばれている昨今、もちろん犬猫のお世話もプラスされるのですからスタッフさん達の苦労は計り知れません。経営の観点でも大変であろうと容易に想像できます。ペットと暮らしたいお年寄りがたくさん入所を待っているでしょうが、営利主義の企業は手を出しませんよね。しあわせが循環する場所は、人であろうとペットであろうと優しさに包まれているでしょう。そしてその関係性の中で生まれる幸せは、やはりかけがえのない大切なものなのです。

バーチャルリアリティな いのちの伝承

《オハナな管理人日誌 2025.1.16》

介護スタッフの人材不足や負担を解消する介護ロボット等や見守り通信機器の導入などに対して、国や自治体からの補助金制度があります。介護サービスの生産性の向上に対する支援として銘を打ち、中でも非接触性のセンサーを壁やベッドマットの下に設置することで、入所者全てにタイムリーなバイタルサインの変化をモニタリングが可能となります。脈や呼吸数が低下しているとアラームが表示されるのですよ、ご臨終が近いことをお知らせしてくれ流ので、前述した看取り犬の文福はゆっくりと余生を楽しむことができますね…。

そうじゃないです、随分無機質ぢぁないですか?せめてロボット犬「aibo」くらいのビジュアルやLOVOTが近づいてきて惜別の表情でそばにいてくれるのでしたらまだしもねー。人材不足でシステム化しているのですから、そろそろ旅立つ頃に十分なホスピスケアができると言えるのかしら。

ひとり真っ白な部屋、意識が朦朧としている中、頭の片隅にそろそろかという気持ちが漂う。呼吸が弱くなり脈も弱くなると、今まで床ずれ予防のためのエアーマットから車のエアバッグのように大きく膨らみ、まるで誰かに抱きしめられているようで心地よい。VRゴーグルから流れる思い出の画像と声や音楽に包まれながら、まもなく最期のひと呼吸を終えた表情は穏やかに微笑んでいた。

なんてシュールな世界。ケアcareの語源が心配するという意味からきていることからすると、そこにはケアは存在しない。いのちがしおれ、やがて枯れていくいのちの伝承はどこへいく?メタバースの中の墓標にでも刻もうかな。

ときぐすり時薬

《オハナな管理人日誌 2025.1.17》

あれから…。私が看護師として働き始め半年が過ぎた頃、仕事にも慣れ、遊びも覚え、充実した毎日を過ごしていた。そんな夜勤勤務の朝、彼からの電話で時間が止まってしまった。
「弟が死んだ」
もうすぐ冬がやってきそうな冷たい空気の中、想像もしていなかった連絡だった。20歳になったばかりの彼はあまりにも早い生涯だった。家族のやりきれない悲しみは今でも心に残っている。経験のない悲しみに家族でない私でもやるせなかった。あれから30年以上も時が流れた。弟の死がきっかけで彼は地元に帰り、その縁は今も続いている。家族となり、子どもたちも義弟の歳を越した。最近義弟のライダースジャケットを息子が着るようになった。30年前に誰が想像していたことだろう。彼の死がなかったらよかったけど、そうであれば、きっと私はここにいない。ただそれだけのこと。

今日で阪神淡路地震から30年の年月が経ちました。私が生きた30年と同じ歳月が流れているんだなぁ…。私の悲しみはしっかりと風化してしまっているけど、被災された方々が『ときぐすり』に恵まれていますように。

いまこれが現実

《オハナな管理人日誌 2025.1.18》

救えた命も救えない、人生最期の場所も選べない。

風邪ではありません、心がザワザワします。
年末に隣の市(約人口1万6千人)で、末期癌の看取りの地域の体制が整っていないからとの理由で自宅での看取りを諦めて、バッグベッドの基幹病院がある市でご家族が賃貸を借りてターミナルケア支援をしました。その方は建築士で自分で建てた我が家で過ごしたいと願いは叶わなかったのです。それでもご家族と一緒に過ごせた数日間が、せめてものご遺族の心の救いになりました。

いわゆる戦友が父親の最期の療養について悪戦苦闘しております。やはり地方の人口5千人弱の町で、受診科によっては他県まで通院せざるを得ません。入院先も隣の隣町です。友は在宅看護を天職と思い走り続けているナースです。当然父親のQOD(クオリティ・オブ・デス)について逡巡し、家族会議から病院側との事前の打ち合わせをして、いざ人生会議の話し合いに挑んだのですが、「それはあなたのわがままではないか」という主治医からの売り言葉に、買い言葉状態に…。彼女の致命傷には及びませんでしたが、相当な痛手です。ただでさえも父親の病状のコントロールが難しくなってきていることでの予期悲嘆や、地元で余生を過ごすインフラが整っていないことで住み慣れた家を諦めなければいけない苦悩、悩みに悩んだ上での苦渋の選択をわがままとぶった斬られた悔しさ…推し量るだけでも鼻の奥がツーンとします。後日談ですが、『うちの病院で初めてACPらしい話し合いができた。』なぜか今までACPの話し合いに場が整わないという病院側の地域連携スタッフのお話があったのです。そうなのですよ、昔ながらのパターナリズムがスタンダードな地域性なのです。同じテーブルに座ってどうしましょうかというスタンスの大切さが、まだまだ医療側も患者側も追いついていない現状なのです。お医者さんが「これは施設で過ごすしかありませんね。」「はい、先生がそういうなら仕方がないですね」そういう文化の中に、「本人らしく過ごすためにも苦渋の選択なのですが、父が了解してもらえるのなら、私の住んでいる地域で迎えたいです」なんて言う意見は勝手でわがまま娘の烙印を頂戴してしまうのですね。道がないところを突き進んでいくことは、苦労が絶えません。その場であってもジタバタの足跡は残るし、何よりも思いやる気持ち自体が、きっと本人、お父さんの支えになることだと私は信じているから。

地方だけの問題だと思ったでしょ?先週千葉県でのお話がザワザワしてます。救急搬送を依頼した40代の方(糖尿病に感染症が合併し急性増悪)がどこも満床で搬送先が3時間かけても見つからず、やっと見つかったのは湘南の病院。流石に遠すぎると翌日の受診に断念したところ、その夜に急変して亡くなったという事例。たまたま、運が悪かったと言えますか?これは氷山の一角でしょう。救急医療の機能不全、ベッドがあっても人員が確保できずに閉鎖する病棟や施設がじわじわと広がりを肌で感じます。何かあればいつでも医療が受けられる神の国ニッポンのほころびに気づいてますか?

Emergencyエマージェンシー

《オハナな管理人日誌 2025.1.19》

そういえば今シーズンのドラマでも消防局司令課が舞台のストーリーがありましたね。本当は9月9日が救急の日なのですが、今日は1月19日、119つながりで救急ネタです。

お仕事とはいえ、私たちの生活を支えてくれるお仕事の一つ、消防署の皆様、震災やコロナ禍を乗り越え、言葉では言い尽くせない現場で日々尽力していただきありがとうございます。訪問看護では救急対応で大変お世話になっております。心が潰れるような現場、心ない言葉を浴びせられることもあるでしょう、搬入先が見つからず何時間もリストを片っ端から連絡した経験は少なくないはずです。公のお仕事なので外に向けてお話しはできない分、口を閉じてジッと気持ちを沈め、また次のSOSへと向かっていることでしょうね。AIの進歩でなくならない仕事ではありますが、将来の労働人口が減ることでのライフライン影響を最小限にするためにも、救急と非救急の医療のシステムを根本的に改革する必要があると考えます。

北海道版の報道では、札幌市のインフルエンザ患者数が過去最多を更新する中、同市内で救急車の出動が急増している。昨年12月の救急車の出動件数は1万1690件(速報値)で、同月の過去最多を更新。全ての救急車が出動して「30人待ち」となる例や、医療機関に外来の患者が殺到し、搬送先が見つかるまで4時間以上かかる事態も発生している。緊急性の高い患者の救急搬送に影響が出かねない状況で、市消防局は適切な救急車の利用を呼びかけている。(引用先YAHOO!ニュース1/18北海道新聞)

流行性感冒が原因なのはワクチン接種率の低下も挙げられるのではとの見方もありますが、コロナ禍で流行しなかったところを鑑みると、個人の標準的な感染予防(手洗い、咳エチケット、換気など)もかなり有効な手立てと考えます。

心身ともに穏やかな日々を過ごしていただけますように。


一汁一菜

《オハナな管理人日誌 2025.1.20》

「人と人」とのつながりとしての料理

美味しいものを作るものを
料理とは創造性
相手を思いやって料理するので
そこに情緒が生まれる
人の思いが料理の行為の中にある

なぜ人間が料理をするのでしょう。美味しいものを作らなければいけないというのは西洋的なものの考え方です。元来、季節を食べる日本料理は自然主義で何もしないを最善とします。では日本のクリエーションが何かというと、深化です。いかに深めるかということです。例えば季節を3つに分けて、走り物・盛り物・名残ものと表現します。同じ物なのに違う意味を持たせる自然という変化を食べ、その時々で味が違う季節の移ろいを食べているのです。鮮度や瞬間の味を楽しみます。例えば目の前のお刺身がきれいだと感じるには漁師さん、卸業者、トラックで運んだ人魚屋、魚を捌いた人、みんながちゃんと仕事をしたからこそなんです。これまでの時間がずっとあるからこそ今この瞬間があるのです。料理研究家 土井善晴

なんだか、人生そのものに通じる話ね。

ぽかぽかでワクワクがじわじわ

《オハナな管理人日誌 2025.1.21》

昨日今日と日中は春を思わせるプラスの気温の旭川です。寒いって、シバれるって、そう言いながら冬が過ぎ去るのを、ただただ待ちわびているそんな頃が1月。2月の節分がすぎ、3月の声が聞こえてくると、北国だって、やっぱり春だなあってシバれが緩んできます。1月なのに外は暖気で、頭のネジが緩みそうです。

ポカポカ日和の影響かと思いきや、お人柄がぽかぽかでした。「ワクワクします!」なんて素敵な響きでしょう。情熱Passhonではなく、じっくりと心を揺さぶられる熱意は心地よくニンマリ。

そりゃあ、楽しさがにじみ出てしまいますよいろんな自生思考がジワジワと楽しい化学反応が起きそうお望みのまま巻き込まれて戴きましょうね
楽しそうに仕事を語る大人を初めてみたという、甥っ子から最上級の褒め言葉を思い出しちゃった。わたしの仕事はこれからもワクワクでありたい。

来週はこのワクワクが伝わるかな?

まとめ

バーチャルシェアハウス オハナなおうちは、みんなの居場所です。今日も楽しい時間をありがとうございました。会えてうれしかったです。いつでも寄ってくださいね。リビングルームにはコメント欄がありますので、何かリアクションしていただけたら励みになります。お気をつけてお帰り下さいね。また、お待ちしてます。

シェアする