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「認知症であって、認知病ではない」【介護研究室】思わず出てしまう言葉を翻訳する4つのコツ

長い連休を、皆さまどう過ごされましたか。

この時期だからこそ、遠方から家族や親戚が訪ねてくるのを心待ちにされていた方も多かったでしょう。久しぶりの再会、賑やかな食卓、孫やひ孫の顔。それだけで、何日もご機嫌でいらっしゃる方を、訪問看護の現場でも何度も見てきました。

そして同時に、こちらの連休に 帰省して、親の様子に「あれ?」と気づいた方 も少なくないのではないでしょうか。

気になることがあっても、「病気というほどではないし」「困難というほどでもないし」と、後ろ髪をひかれながら帰路についた方も、いらっしゃるかもしれません。

久しぶりに会った親に「随分、年を取ったなあ」と感じる——そう思うのは、私だけではないはずです。

加齢は止められないけれど、支え合うことはできる

加齢を食い止めることはできません。

けれど、支援者みんなで支えることはできます

家族・親戚・地域・専門職が、おたがいさまで支え合う関係づくり。
家の境界を、すこし緩める

訪問看護師として20年以上、たくさんのご家庭に伺ってきました。今日はそのなかで見えてきた、「あれ?」のあとに、どう関わるか のヒントをお話しします。

帰省で気づく、親の老いのサイン

ご家族が「久しぶりに帰ったら、変わっていてびっくりした」と話してくださるサインには、いくつかの典型があります。

  • 食事の量や台所の様子:冷蔵庫の中身、鍋を焦がした跡、買い置きの偏り
  • 歩き方:すり足、つまずきが増えていないか
  • 物忘れ・話の繰り返し:直前のことを覚えていない、同じ話を何度もする
  • お薬の管理:飲み忘れ、飲み過ぎ、薬の山
  • 服装・整容:季節に合わない服、髪の手入れ、爪
  • 家の片付き具合:以前なら気にしていたところが、そのままに
  • 表情の変化:笑顔の頻度、声のはり

これらは、医学的な「診断」ではなく、ご家族だからこそ気づける 観察のサイン です。

なかでも 物忘れや話の繰り返し は、 MCI(軽度認知障害) の段階で気づける大切な変化です。MCIは、日常生活は自立しているけれど、認知機能の低下が始まっている状態。早めに気づくことで、進行を遅らせる工夫ができる こともあります。

つい言ってしまう言葉が、関係を壊すことがある

ここからが、今日のいちばん大切な話です。

帰省したご家族が、心配のあまり、つい強い言葉をかけてしまう場面があります。

「またボケてるの?」
「危ないでしょ、何やってるの!」
「それさっきも聞いた」

悪意ではない、と私は思っています。心配で、もどかしくて、不安で、つい出てしまう言葉。

でも、本人にとっては、 失敗したことに加えて、叱責されたダブルパンチ になります。

「自分でも、できないことが増えていることに気づいている。でも、認めたくない」——そんな複雑な気持ちが、頑固さや反発として現れる。すると、家族はまた「ボケてるから、よけいに頑固になった」と感じる。

この悪循環が、関係を少しずつすり減らしていきます

「責めない言葉」に翻訳する

訪問先で、私がよく使う言葉の言い換えを、いくつかご紹介します。

「忘れる」を、責めない

以前、こう言い切った方がいらっしゃいました。
「忘れてしまって、いつも新しいことばかり。清々しいのよ」

そこまで割り切れる方は珍しいですが、ご家族の声かけはこう変えられます:

「忘れても困らないような工夫を、一緒に考えようか」

「片付かない」を、責めない

「片付けたら物が見えなくなって、探し物が大変だっていう人がいるんだけど、同じように感じたことない?」
「片付かないことが気になっているなら、物の場所がわかるように工夫してみようか」

本人の感覚を肯定して、解決を一緒に考える姿勢が大切です。

「同じ話を繰り返す」を、責めない

「よっぽど心に残っていることなんだね」
「話したいだけ、話したらいいよね」

実は、 話すこと・声を発すること は、呼吸器官を鍛え、唾液をよく出します。誤嚥性肺炎の予防にもつながる、大切な行為なのです。

「鍋を焦がす」を、責めない

「鍋使える?火事にならなくてよかったね」
「何か気になることがあって、コンロから離れたの?」
「せっかく〇〇を作っていたんだね、もったいなかったね」
「最近、同じようなことあった?」

責めずに状況を確認し、共感し、頻度を観察する。これが、訪問看護の現場で身につけた声かけのコツです。

認知症であって、認知病ではない

私はいつも、こう思っています。

認知症であって、認知病ではない、と。

加齢に伴う症状の一つとして、認知機能の変化があります。それは「治す」ものではなく、 理解し、折り合いをつけていくもの

周りがどうリフレームして捉え、その方らしい環境を整えていくのか——これが、認知症のある方と共に暮らすうえでのキーポイントだと、私は考えています。

ストレングスモデル」という考え方があります。
できないこと・失われたものに焦点を当てるのではなく、できること・残されている強みに焦点を当てる 視点です。

料理が得意な方なら、料理のお手伝いを頼む。
おしゃべりが好きな方なら、ゆっくり話を聞く時間をつくる。
お裁縫が好きな方なら、ボタンつけをお願いする。

役割と感謝を伝えることで、本人の有用感が育ち、表情が変わっていきます

第三者の力を、借りる

家族同士だと、長年の関係性のなかで、つい強い言葉になりがちです。

そんなとき、 第三者 の力を借りるという選択があります。

孫や親戚、地域の方、そして専門職——介護支援専門員(ケアマネジャー)や訪問看護師。

直接の家族では難しいことも、第三者だと自然にできることがあります。「火に油を注ぐ土俵」から一度降りて、第三者に支えを委ねる。これも、立派な介護のかたちです。

家の境界を、すこし緩めて、誰かと おたがいさま になる。
それが、結果として、本人にとっても家族にとっても、楽な関係をつくることがあります。

まずはケア、気にかけることから、はじめませんか

加齢は止められません。
でも、 おたがいさまで支え合う関係づくり は、いつからでも始められます。

帰省で「あれっ」と感じたあの瞬間が、支え合いのはじまりになることがあります。

親の老いに気づいた自分を、責めなくていい。
すぐに何かしなければ、と焦らなくてもいい。

「気がかり」を、誰かに繋ぐ
気にかけること、それ自体が、ケアのはじまり

地域包括支援センター、訪問看護、ケアマネジャー、かかりつけ医——
ひとりで抱え込まずに、誰かに「あれ?」を話してみる。
それだけで、十分はじめの一歩です。

まずはケア、気にかけることから、はじめませんか。

オハナな研究室から、ひとこと

「家」は、ひとつじゃなくていい。
血縁を超えて、地域や専門職や、誰かの手を借りていい。

完璧でなくていい。
できることを、できるだけ。

それが、わたしたちの思う、人と人との支え合いのかたちです。

本記事は、訪問看護師としての観察と現場経験に基づいて書かれています。医学的な診断や治療を目的とするものではありません。気になる症状がある場合は、かかりつけ医、地域包括支援センター、または訪問看護師にご相談ください。

参考:厚生労働省「認知症施策」、日本訪問看護財団

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