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🏠暑中お見舞い申し上げます🍉【管理人日誌】

流しそうめん、ご存知ですか?

AIは、竹の樋で描いてきた

オハナなおうちの前で、みんなで流しそうめんをしている絵を作りました。AIに描いてもらったものです。

AIも、「流しそうめんを」と提案しただけなのに、ちゃんと竹の樋(とい)で画像を作ってくれました。竹が斜めにのびていて、そうめんが流れていて、四人が箸を構えている。ひとりは取り逃がして、口をあけています。

風情があります。

でも、眺めていてハッとしました。

北海道で竹を手に入れるのは、至難の業です。

調べてみたら、日本の竹の北限は函館あたりでした。モウソウチクやマダケが育つのは、そこまで。旭川で流しそうめんをやろうと思ったら、まず竹をどこから持ってくるかで詰まります。

温暖化が進むと稚内でも竹林が生い茂る、という試算もあるにはあるのですが、かなり先の話です。

塩ビ管とストローの夏

でも、思い出しました。

私、流しそうめんをやったことがあります。

子育て真っ最中のころ、児童クラブの夏のイベントでした。流したのは、竹ではありません。塩ビのチューブ管を、半分に切ったものでした。

たぶん誰かが「竹なんてないよね」と言って、「じゃあこれでいいんじゃない」となったんだと思います。実に合理的です。水はちゃんと流れるし、洗いやすいし、何より手に入る。

そして、そこにそうめんが流れてきました。

子どもたちは大喜びで、しばらくすると、そうめんだけでは飽き足らなくなりました。フルーツが流れ、お菓子が流れ、最後には子どもたちがストローをくわえて待ち構えて、流しジュースまで始まりました。

もう、そうめんは関係ありません。

竹の樋は、衛生のために生まれた

流しそうめんの発祥は、宮崎県の高千穂だそうです。

冷蔵庫のなかった時代、村の人たちは夏になると、玉垂の滝の湧き水で茹でた麺を冷やしていました。それを商売にしたのが佐藤満義さんという方で、1955年に「千穂の家」というお店を開きます。今も「流しそうめん発祥の地」の看板が立っているそうです。

面白いのは、竹の樋が生まれた理由です。

もともとは岩の上を流していたのが、衛生上それはよくないということになった。それで竹で長い樋を作って、水を通すようにした。

つまり竹の樋は、風流のために生まれたのではなく、衛生のために生まれたんですね。

そして今、家電量販店には卓上の流しそうめん機が並んでいます。電池で水がくるくる回るやつです。エアコンの効いた部屋で、冷蔵庫でよく冷やしたそうめんを、清潔な樹脂の器で回して食べる。

滝の水 → 竹の樋 → 塩ビ管 → 卓上の機械。

冷たいことと、涼しいこと

道具はぜんぶ変わりました。滝の水も、竹も、塩ビ管も、電池で回る機械も。

でも、やっていることは同じです。

暑い時期に、涼を感じること。

冷蔵庫でよく冷やしたそうめんは、たしかに冷たい。でも、冷たいことと涼しいことは、少し違うと思うのです。

竹の緑、流れる水の音、跳ねるしぶき、取り逃がしたときの笑い声。あれは口に入る前の、目と耳で感じる涼しさです。

だからエアコンの効いた部屋で卓上の機械を回している人がいても、私は分かる気がします。もう暑くないのに、わざわざ水を回す。冷たくなりたいんじゃなくて、涼を感じたいんですよね。

そして涼は、ひとりでは作れません。誰かが上で流さないと、水は流れないので。

児童クラブの子どもたちがストローをくわえて待ち構えたとき、あの子たちは正しかったんだと思います。そうめんは口実で、流れてくる水ごと楽しんでいた。

思うは招く

オハナなおうちで流しそうめんをやるかどうかは、まだ分かりません。

竹は手に入らないし、塩ビ管を買ってくるにしても、誰が上で流すのか決まっていません。そもそも今年の夏はもう終わりかけています。

でも、するかしないかではなくて、みんなでワイワイ過ごせたらいいなと思って、あの絵を作ってもらいました。

この家では、ずっとそうやってきました。まだ何もない場所の絵を先に描いて、しばらくすると、それが本当になっている。3年前、家すらなかったころに描いた絵が、いま実際に建っています。

思うは招く。

バーチャルだったシェアハウスが、8月8日、ひらきます。

あと6日です。
今なら、まだ全部屋を見ていただけます。

見学、できますよー。
暑い日が続きます。
どうぞご自愛くださいませ。

【参考】

流しそうめんの発祥・歴史:国土交通省 多言語解説文データベース

竹林の北限・温暖化による分布拡大:日本経済新聞(2017年)

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