心が解けていく、その時間のこと|訪問看護6年目のお花見会で気がついたこと

今年もお花見会を開催しましょうか?
ある利用者さんとの日々の中での、1番の恒例のイベントになりました。
『もちろん、でも…』と、
ご家族さんは遠慮がちに、
みなさんの貴重な時間を使うのは、と配慮される言葉。
むしろ私たちが心待ちにしているイベントなんですよ。
桜が咲くと、また今年も利用者さんと、今年の桜が見られるなって。
私の中では、
支援チームの皆さんへの日頃の感謝の気持ちと、
利用者さん・ご家族さんと一緒に、楽しいひとときを過ごせることが何よりのしあわせ。

桜が咲くと、また今年も
今年は桜の開花が予想より早くて、
「お花見会の日には、もう葉桜になってしまうかもしれない」と心配で、
前の週の日曜日に、予行練習として桜を見に行きました。
晴れた空の下、車椅子を押して、ちょっとだけ外を歩いて。
桜の枝を指差して、「ほら、ここが満開ですよ」って。
そして迎えた当日。
残念ながら悪天候で、外でのお花見はできませんでしたが、
利用者さんの居間に、訪問看護のチーム、訪問医、ケアマネ、息子さん。
安定のいつメン。
多職種、と呼ばれるけれど、色々あった年月を振り返ると、
ご本人・ご家族も含めて、苦楽を共にしてきた、戦友のような顔ぶれ。
今日はいつもケアをしているリビングが、お花見会場に。
それぞれ持ち寄ったお弁当や飲み物、スイーツが並び、
数年前まで無表情だった利用者さんが、最近よく笑顔を見せてくださるんですよ。
今日もたくさんの笑みがこぼれると、
なお一層、集まったみんなの顔も、うれしさで笑顔になる。
お弁当という、しあわせのかたち
お弁当は、私が担当させてもらっています。
料理が好きとか得意とか、あまりそんなタグは持っていないんだけど、
料理に限らず、『喜んでもらえたら』
そう願うことが、私のしあわせのかたち。
去年から、GWのイベントのひとつとして、
長女がこのお花見に合わせて帰省してくれます。今年も参戦。
同居している義母も「これ手伝うよ」と言ってくれて、
孫である長女と台所で楽しくおしゃべりしながら、お弁当を詰めている。
この瞬間もきっと、今しかない、かけがえのない時間。
私が大切にしているものへの理解のかたちも、じんわり満たしてくれる。
そんな関わりが化学反応となって、想像もしない世界に広がっていく。
準備の段階から、今年の物語が始まっていて、
そのお弁当としてかたちになって、しあわせが伝わる。

ここに来るまで、6年
よく考えれば、ここに来るまで、6年。
ありきたりなんかではなく、奇跡の日々なんですよね。
訪問看護に限らず、人の心はそう簡単には開かない。
だって、他人の心を操作できるなら、それこそ宇宙人かも、笑。
変えられるとしたら、私の心だけ。結構頑固なんですけど。
最初は、こちらの言葉ひとつにも、構えがあった人たちもいる。
今まで辛く苦しい場面であっても、心無い言葉で傷つけられてきたから。
「この人たち、どこまで信じていいのか」と、
目で問いかけたとしても、当然のこと。
人の心は、変えられないけれど
長い月日は、いいことも、そうでないことも起きてしまいます。
それでも、その時々で、
チームそれぞれが役割をしっかりと果たし、できることを支えてきた。
うまくいかない日もあった。
先回りしすぎて、よかれと思ったことが、
相手にとっては余計なお世話だったこともあったかもしれない。
けれど、その失敗も含めて「日々の積み重ね」。
チームで困難をひとつずつ乗り越えていく。
ひとつひとつ小石を積むように、人と人との間に育まれ、
その時間のなかでしか、生まれない信頼がある。
それを信じ抜けたこと、本当によかったし、
この学びは、財産になりました。
人の心を直接変えることはできなくても、自ら変われる可能性があること。
それを信じて待つこと自体も、関わりのひとつであること。

ともに在ること、ただそれだけ
そして今日、ふと気づいた。
誰かの心が解けるとき、それはこちらが何かを「した」結果ではない。
「ずっとそばに、いた」という、それだけの時間が、
ゆっくりと、静かに、相手の中で熟成していくのだ。
私たちは、人を癒すためにそこにいるのではない。
ただ、ともに在るために、そこにいる。
完璧な対応なんて、できなかった。
でも、ツッコミどころ満載のままでも、
6年が経てば、こんなにあたたかい時間を囲める。
それが、私の思う、しあわせのかたちが、具現化しているのかもしれない。
そして、次の「オハナなおうち」の中でも、
循環できることを気づかせてくれた、また、味わい深いお花見に。
来年の桜は、もしかしたら
オハナなおうちで、みんなで愛でられたら。
そんな未来が、もう、少しずつ見え始めています。
「桜の頃までは…」と表現することが多く、
日本人の心に寄り添う、ピンクの花びらたち。
それも、出会いなのでしょうね。
一緒に、誰かと「ともに在る」時間を、振り返ってみませんか。

オハナな縁側から、ひとこと
訪問看護を続けていると、どうしても「何かをしなくては」と先回りしたくなる日があります。けれど6年通って気づいたのは、相手の心が動くのは、こちらが何かを「した」からではなく、ただ、そこに居続けた時間のなかにある、ということでした。
「ともに在る」という言葉は、一見すると受け身に聞こえます。でも本当は、いちばん覚悟のいる関わり方なのかもしれません。役に立てない自分も、うまくいかない日も、引き受けて、それでも隣にいる。その積み重ねの先に、心が解けていく時間が、ふと、訪れる。
待つことは、何もしないことではなく、信じ続けるという、いちばん深い関わりなのだと思います。
オハナなおうちが育てたいのは、その時間が、自然に流れる暮らしです。
おわりに
今日もバーチャルなオハナなおうちに、来てくれてありがとう。
桜の余韻を持ち帰って、気をつけて帰ってくださいね。
来年のお花見は、本物のシェアハウス|オハナなおうちで会いましょう。
美味しいお茶を用意して待っています。

